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2019年9月15日 礼拝説教要旨

2019年9月15日

天の故郷をめざして

三好 晴夫 牧師

ヘブライ人への手紙 第11章8-16節

 

 

主題聖句:この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、

 

                   ヘブライ人への手紙11章13節 

今日記念する召天された教会員の方々は皆、神によって生を受け、ある時、主の憐れみをよって信仰を抱いて生かされて、主のお召しを受け主の御許に眠っておられる方々です。

 

今日の箇所には「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」とあります。ここに記されたアブラハムも、信仰を抱いて死んだ一人です。どんな信仰を抱いていたかというと、主から、主の示す地に行け、そうすれば、あなたも子孫も祝福されるという約束を信じて、行き先を知らずに主の命に従ったのです。生きている間には約束の土地は与えられませんでしたが、「はるかにそれを見て喜びの声をあげ」で信じて歩みました。そして定めのときに本当の故郷である永遠の地に住むという恵みが与えられることを期待して生きたのです。

 

信仰の先輩方も地上が全てではなく、その先に備えられた本当の故郷をめざして歩んだのです。それは、主イエス・キリストの成し遂げられた救いによって罪の赦しが与えられ、永遠の命の希望を与えて頂いたからです。このキリストの真実に触れて、このキリストを信じて、天の故郷をめざして歩まれたのです。キリストのおられるところの天の故郷に行きたいと願ったからです。このような先輩たちの信仰の姿を覚えて、私たちもキリストを信じて天の故郷をめざして歩みましょう。

2019年9月15日 日曜礼拝(動画)

2019年9月15日

2019年9月8日 日曜礼拝(音声)

2019年9月8日

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2019年9月8日 礼拝説教要旨

2019年9月8日

信仰に踏みとどまるように

三好晴夫 牧師

使徒言行録 第14章19-28節

 

 

主題聖句:弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。                   使徒言行録14章22節

キリストを信じて歩む道には、色んな苦難も経験することがあります。それゆえに信仰を持ち続けるために、み言葉からの励まし、信仰の交わりの励ましがぜひとも必要です。

 

パウロたちが力強くキリストの福音を伝えたところ、多くの信じる者が起こされましたが、同時に信じようとしない人たちから迫害を受けることもありました。遂にリストラで、遠くからやって来たユダヤ人が群衆を巻き込んでパウロに襲い掛かり石を投げつけたのです。パウロは死んでしまったと思われました。でも、パウロは突然起き上がり、町に入って行き、伝道を継続したのです。そして、再び今まで伝道してきた町々に引き返したのです。それは、信仰を持った人たちの心を励まし、信仰に踏みとどまるように励ますためでした。

 

そうしたのは、迫害を受けたのは伝道者だけではなかったからです。信じて間もないクリスチャンたちも大きな試練に遭っていたからだと思われます。彼らは信じてまだ日が浅かったので、迫害の苦しみに耐えられず、信仰を捨ててしまう危険もあったからです。だから、彼らのところに戻って行き、彼らを励まそうとしたのです。「信仰に踏みとどまる」とは、神の恵みに留まることであり、主から離れないで留まることです。私たちも主の励ましを受け、信仰に踏みとどまりたいものです。

      

 

2019年9月8日 日曜礼拝(動画)

2019年9月8日

2019年9月1日 礼拝説教要旨

2019年9月1日

すべてのものを造られた神

三好晴夫 牧師

使徒言行録 第14章8-18節

 

主題聖句:この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。               

 使徒言行録14章15節 

 

パウロとバルナバが小アジアのリストラという町で伝道をしている時のことです。集まって来た人々の中に、生まれつき足の不自由な人がいました。この人がパウロの語る福音をじっと聞いていました。パウロはこの人を見て、いやされるにふさわしい信仰があるのを認めたので、彼に「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言いました。すると、その人が踊り上がって歩き出したのです。

 

この様子を見たリストラの人々は大変驚き、リカオニアの方言で「神々が人間の姿をもって、わたしたちのところにお降りになった」と叫んだのです。そして人々はバルナバとパウロを、ギリシャ神話のゼウスとヘルメスと呼んで二人に雄牛のいけにえを献げようとしました。こを聞いた二人はこれを放置しておいては間違った教えを伝えたことになると恐れ、人々の誤解を解くために自分の服を引き裂いて彼らの中に飛び込んで言いました。「なぜこんなことをするのですか。わたしたちも皆さんと同じ人間にすぎません。あなたがたが、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは伝道しているのです。神は、天と地と海とその中のすべてのものを造られたお方です。この神はあなたがたに豊かに恵みを与えて下さっています。」と伝えました。このようにして、パウロは天地万物を創造された神こそ生ける神であり、この神がイエス・キリストを救い主として送り、私たちを救ってくださるのだと伝えたのです。

2019年9月1日 日曜礼拝(音声)

2019年9月1日

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2019年9月1日 日曜礼拝(動画)

2019年9月1日

2019年8月25日 「主の豊かな導き」(今日の説教とは関係ありません)

2019年8月25日

主の豊かな導き

(今日の説教とは関係ありません)

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

 

             詩編23編1節(新改訳聖書) 

                         

詩編23編では、詩人が、主なる神を、私の羊飼いと呼び、自分を弱い一匹の羊として、神の豊かな導きを感謝し、賛美しています。つまり、人生の晩年に差し掛かった人が、これまでの人生を振り返って、主なる神こそが自分の歩みを豊かに導いてくださったと気づき、その思いを歌にしているのです。

 

詩人は、神様が自分の羊飼いと言いますが、羊飼いの仕事は、羊の群れを朝から晩まで丁寧に世話をしなければならない結構大変な仕事です。そのように、神は、私たち人間の生活すべての面倒を見て、一人前に育っていくように導かれるのだというのです。でも、私たちは、自分を育ててくれた親が、自分に対してどんなに大変な思いをして育ててくれたとしても、そのことの大変さをあまり知っていません。

 

この詩人は、主が私の羊飼い、私は乏しいことがありませんとどうして思えるのでしょうか。それは、自分がいかに弱くて愚かな一匹の羊であるという自覚があるからではないでしょうか。自分は弱くて愚かであったのに、神はこんな私の羊飼いとして私を守り生かして助けてくださったという思いがあるからです。事実、羊は弱く、臆病で目先しか見えず迷いやすい存在です。私たち人間に似ています。そんな私たちを主なる神が、キリストを通して私たちを導いてくださるので安心なのです。

2019年8月25日 日曜礼拝(音声) 飴矢 誠記 師

2019年8月25日

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