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2019年5月19日 礼拝説教要旨

2019年5月19日

 主の復活の証人

 

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第24章44-49節

   

主題聖句:エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。                 ルカによる福音書 第24章47,48節

                 

主イエス・キリストは、弟子たちが、そして私たちが、主イエスの復活されたことの証人となることを願って、働きかけておられます。

 

「証人」とは、見て、聞いた事実を証言する人のことです。弟子たちも、見て知った事実がありました。その事実とは、主イエスが十字架にかかって死なれたけれども、その三日後、死者の中から復活されたという事実です。その事実を彼らは目撃したのですから、まさに主イエスの復活の証人となるべき人たちです。

 

でも、最初からふさわしい証人ではありませんでした。彼ら弟子たちは、主イエスから選ばれて弟子とされた、いつも主イエスのそばにいて、主イエスから教えられ励まされて育っていたはずでした。が、主イエスが捕らえられた時、逃げ出し、主の十字架の死の大きさに、彼らは失望してしまっていたのです。そんな彼らに、復活された主イエスは現れて、ご自分の復活された手足を見せて、復活を明らかにしてくださいました。さらに、聖書に記されている、メシアが苦難に遭うこと、その後復活するという預言について、主イエス御自身が彼らに分かるように説き明かされて、彼らの心を開いてくださったのです。

 

この主イエスの救いの御業によって、悔い改める者に罪の赦しが与えられるという福音が明らかにされたのです。この福音が宣べ伝えられるために、復活の喜び、救いの喜びを知った私たちも証人とされるのです。

2019年5月19日 日曜礼拝(音声)

2019年5月19日

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2019年5月12日 礼拝説教要旨

2019年5月19日

 からだの復活   

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第24章36-43節

 

     わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見

なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」  ルカによる福音書 第24章39節

                 

主イエスが復活され、生きておられる、と聞かされても、弟子たちには信じられませんでした。弟子たちの内の、何人かが、自分は復活された主イエスにお会いしたと熱心にその様子を語るのですが、他の弟子たちは信じられなかったのです。

彼らが家の中に集まってそんなことを話し合っていたその時のことです。彼らの真ん中に主イエスが立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われたのです。これは、シャロームという挨拶の言葉であり、それ以上に彼らに主イエスの平安をお与えになったのです。

しかし、彼らは亡霊を見ているのだと思い、恐れおののくばかりでした。その彼らに対して、主イエスは、「なぜ、うろたえるのか。わたしの手と足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい」と言って、ご自分の手と足とをお見せになられました。主イエスの両手と両足には、十字架刑で傷ついた釘の傷跡があり、血が生々しく流れていたことでしょう。それを見た弟子たちは、喜びに溢れます。喜びのあまりまだ信じられずに不思議に思っていると、主イエスは彼らの目の前で、差し出された焼いた魚を食べられました。そのようにして、主イエスは亡霊ではない、ご自身が肉も骨もあるからだをもって復活され、生きておられることを信じさせようとしてくださったのです。

2019年5月19日 日曜礼拝(動画)

2019年5月19日

2019年5月12日 礼拝説教要旨

2019年5月13日

 からだの復活    

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第24章36-43節

 主題聖句:わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」  ルカによる福音書 第24章39節

                 

主イエスが復活され、生きておられる、と聞かされても、弟子たちには信じられませんでした。弟子たちの内の、何人かが、自分は復活された主イエスにお会いしたと熱心にその様子を語るのですが、他の弟子たちは信じられなかったのです。

 

彼らが家の中に集まってそんなことを話し合っていたその時のことです。彼らの真ん中に主イエスが立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われたのです。これは、シャロームという挨拶の言葉であり、それ以上に彼らに主イエスの平安をお与えになったのです。

 

しかし、彼らは亡霊を見ているのだと思い、恐れおののくばかりでした。その彼らに対して、主イエスは、「なぜ、うろたえるのか。わたしの手と足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい」と言って、ご自分の手と足とをお見せになられました。主イエスの両手と両足には、十字架刑で傷ついた釘の傷跡があり、血が生々しく流れていたことでしょう。それを見た弟子たちは、喜びに溢れます。喜びのあまりまだ信じられずに不思議に思っていると、主イエスは彼らの目の前で、差し出された焼いた魚を食べられました。そのようにして、主イエスは亡霊ではない、ご自身が肉も骨もあるからだをもって復活され、生きておられることを信じさせようとしてくださったのです。

2019年5月12日 日曜礼拝(音声)

2019年5月13日

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2019年5月12日 日曜礼拝(動画)

2019年5月13日

2019年5月5日 日曜礼拝(動画)

2019年5月8日

2019年5月5日 礼拝説教要旨

2019年5月5日

 共に歩まれる主イエス

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第24章13-35節

 

 

主題聖句:そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

ルカによる福音書 第24章25節

 

 弟子たちにとって、主イエスが十字架で息を引き取られたことは、相当な辛い経験であったことでした。皆さんも自分が尊敬し頼りにししていた方が突然なくなるようなことがあったとしたらそれはどんなにか辛く悲しく気力を失うようなことであるのではないでしょうか。

 

そういう悲しみがある時は、目の前に明るい希望が示されたとしても、なかなか受け入れるのが難しいのではないかと思います。

 

二人の弟子たちがエルサレムからエマオに向かっている時、見知らぬ旅人が近づき一緒に歩き始めました。その人がイエス様でしたが、彼らの目が遮られていて分からなかったのでした。

 

その旅人から、何を話しているのか尋ねられ、彼らはイエスの十字架の死、その三日目の朝、墓にはイエスの遺体が見当たらなかったこと、天使から聞いた「イエスは生きておられる」という御告げを話しましたが、でもそれがイエスの復活を信じることにならなかったのです。

 

それを聞かれた旅人(主イエス)は上記の言葉を語ります。彼らは正しく理解せず、心鈍くなっていると。預言者たちが伝えていたように、メシアは苦しみを経験した後、栄光に入ることになっていたのだと、主イエスは聖書全体からご自身について解き明かされ、導かれるのです。

2019年5月5日 日曜礼拝(音声)

2019年5月5日

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