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2018年6月17日 礼拝説教要旨

2018年6月17日

 神様の召しと約束

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第7章1-16節

 

主題聖句:栄光の神が現れ、『あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す土地に行け』と言われました。   

 使徒言行録 第7章2、3節

               

私たちがキリストを信じる信仰者として旗印を鮮明にして歩もうとするとき、様々な闘いを経験する事があります。社会はこの世の慣習に合わせるように求めて来ます。そんな圧力に対して、私たちは弱い者ですが、その中にも、神様は信じる者を励まして力づけて、私たちだけでなく、この世の住む人々をも救い続けてくださるのです。そのような神様の導きがあると信じて、聖霊の助けを求め続けたいのです。

 

今日の箇所は昨年11月26日に学んだ使徒言行録6章の終りの続きです。エルサレムに誕生した教会で、生活に困窮している人々への物質的な援助を行うことで不平等が起こったので、それを解決するために「霊と知恵に満ちた評判の良い人」7人が選ばれました。その一人がステファノでした。その人達の活躍で、食べ物の配分をするための奉仕が適切に行われ、さらにその人達が力強く福音を伝え、病気を癒す御業も行われました。すると彼の働きに反対する人々が起こってきたのです。彼らは、ステファノを困らせようと、「あの男はモーセと神を冒涜する言葉を吐くのを聞いた」「この聖なる場所と律法をけなした」と訴えて最高法院の前に連れ出されたのです。

 

その訴えに、彼は旧約聖書に基づいて答えて行きます。その一つが今日の箇所です。神は私たちの先祖アブラハムを選び、召し、約束を与えられ、その約束を信じた彼らを祝福されました。この神を信じて歩もう。

2018年6月17日 日曜礼拝(音声)

2018年6月17日

2018年6月17日 日曜礼拝(動画)

2018年6月17日

2018年6月10日 礼拝説教要旨

2018年6月11日

 家族の祝福

三好 晴夫 牧師

エフェソの信徒への手紙 第6章1-4節

 

 

主題聖句:父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。     

 エフェソの信徒への手紙 第6章4節

               

6月第二主日は「子どもの日」です。教会に集まる子どもたち、この社会に育つ子どもたちのために祈る日です。この機会に、子どもたちの健やかな成長のためにどうすべきかを考えたいと思います。

 

子供と言っても、赤ちゃんや幼児、自我が目覚めてどんどん行動する時期の子供たちもいます。子供たちがその個性に従って心身ともに成長し、神と人から愛されていることを覚える子供となってほしい、さらには親子で共に神を畏れ敬い、礼拝するようにと願っています。しかし、子供たちがそのように成長していくのは簡単なことではありません。大変難しいことです。大変難しい理由は、色々あることでしょう。その理由の一つに、子供が親を敬い信頼し、親も子供を信じて育てていく、それが難しくなっていることがあるのではないかと思うのです。

 

今日のみ言葉は、親に向かって「父親たち」と呼びかけています。母親だけでなく、父親が子供の育児、教育に責任を感じて関わるようにとの勧めです。「子供を怒らせるな」子供を感情的に刺激して怒りの感情に走らせるな。頭ごなしに叱るのではなく子供の心を十分に配慮せよ。親が子供を育てていく中で、主キリストご自身がどのように子供を愛され、育てられるかを感じ取って育てるようというのです。主イエスは子供を迎え入れて抱き上げて手を置いて祝福されました。私たち親も子も共に主イエスにより育てて頂いていることを覚えて祈り続けましょう。

 

2018年6月10日 日曜礼拝(動画)

2018年6月11日

2018年6月10日 日曜礼拝(音声)

2018年6月11日

2018年6月3日 日曜礼拝(音声)

2018年6月4日

2018年6月3日 礼拝説教要旨

2018年6月3日

邪悪な時代から救われなさい

三好 晴夫  牧師

使徒言行録 第2章37-42節

 

主題聖句:ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。

    使徒言行録 第2章40節

               

今私たちの生きている時代も邪悪な時代だというと言いすぎでしょうか。科学や医学の発達により長生きできるようになり、色んなものが簡単に安く手に入る便利な時代ですが、なおも力ある者が世を治めて、弱い立場の人々が虐げられています。世界中のどこかで戦争の火種がくすぶっており戦争の危機が今もあります。

 

ペトロは、その時の状況を「邪悪なこの時代」と呼んでいます。「邪悪な」とは、曲がった、よこしまなという意味です。ペトロが、その時の状況を邪悪なこの時代と呼んだのは、エルサレムの人々が、イエスが神から遣わされて救い主として来られ愛と救いを与えてくださったのに、人々はこの御方を救い主と認めず、十字架につけてしまったという邪悪な行為を行ったからだということです。ペトロは聖霊に満たされて人々に向かって、あなたがたは、真の救い主であるイエスを十字架につけて殺すという大きな罪を犯したと指摘しました。この状況はその当時だけのことではなく、今の時代も、イエス・キリストを救い主と認めず、この方を拒み、自己中心の欲望に従って歩んでいるのではないでしょうか。そのような現実を人間の力で救うことはできません。「救われなさい」。キリストに心を向けてキリストの救いを頂かなければなりません。

 

 

2018年6月3日 日曜礼拝(動画)

2018年6月3日

2018年5月27日 礼拝説教要旨

2018年5月27日

イエスは主

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第2章22-36節

 

 

主題聖句:しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。      

 使徒言行録 第2章24節

               

今日は、弟子ペトロがほかの弟子たちと共に立ち上がって、集まって来た人々に、どうして自分たちが大胆に神の御業を語っているのか、その理由を説明したところを学びます。

 

五旬祭というユダヤの祭の日にも、弟子たちなど120名の人たちが集まって心合わせて熱心に祈っていたところ、突然激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、炎のような舌が分かれ分かれに現れて、一人一人の上に留まり、一同が聖霊に満たされ、聖霊が語らせるままに、ほかの国の言葉で話し出したのです。その物音を聞きつけた人々は、何事が起ったのかと気になって集まってきたところ、そこで弟子たちが大胆にしかも自分たちに分かる言葉で神の御業を語るのを見て聞いて、非常に驚いたのです。また酒に酔っているのだと嘲る人もあったのです。

 

まずペトロは今朝9時なのだから酒に酔っているのではない。預言通りに聖霊が降ったのだと語りました。あなたがたの間でイエスが不思議な業をしたのは、イエスが神から遣わされた方だということだ。そのイエスを神の定められた計画によってあなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたがこの方を十字架につけて殺した。しかし、神はイエスを復活させられた。それは、イエスが救い主だから死んだままであることはあり得ないからです。復活されたイエスが神のもとに上げられ聖霊を送られて、聖霊に導かれ、彼はイエスこそ主だと大胆に語るのです。

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