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2018年1月14日 礼拝説教要旨

2018年1月14日

あなたはわたしの愛する子

三好 晴夫 牧師

マルコによる福音書 第1章9-11節

 

主題聖句:そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。      

マルコによる福音書  第1章9節

 

私たちがキリストの教会の一員としての歩みは、主イエスを自分の救い主として信じることを公に表明する洗礼(バプテスマ)を受けるから始まります。どうして洗礼を受けるのでしょうか。それは、主イエスが公の生涯の始まりに、まず洗礼を受けられたからです。同じ洗礼を私たちも受けることで、私たちは主イエスの仲間であることが示されるのです。そこから主イエスを信じて教会の一員としての歩みが続いて行きます。

 

主イエスが受けられた洗礼について、今日の箇所から学んで行きます。

 

「そのころ」すなわち、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させる悔い改めの洗礼を宣べ伝えたときです。そのメッセージを伝え聞いたイエスは、故郷ガリラヤのナザレから出て来て、ヨハネのもとに近づいたのです。ヨハネから、罪を告白し、悔い改める人々に加わって、イエスも洗礼を受けられたのです。イエスは神の御子、罪を知らない方です。なのにどうして洗礼を受けられたのでしょうか。それは、罪を知らないイエスが、罪で苦しむ人間の罪をご自分の罪として受け止め、その罪を背負われるためです。これからご自身が罪を持つ人間を救う救い主として進まれることの決意で洗礼を受けられたのです。

 

イエスが洗礼を受けられた時、天の父から喜びの声がありました。この喜びの声は、イエスを信じる私たちに対してもかけられているみ声です。

2018年1月14日 日曜礼拝(音声)

2018年1月14日

2018年1月14日 日曜礼拝(動画)

2018年1月14日

2018年1月7日 日曜礼拝(動画)

2018年1月12日

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2018年1月7日 礼拝説教要旨

2018年1月7日

神に守られ成長する

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第2章41-52節

 

 

主題聖句:イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。

                    ルカによる福音書  第2章52節

 

幼子イエスは、いったいどのように成長して大人になって行かれたのでしょうか。そのことを知りたい私たちですが、聖書にはそのことについてほとんど記されていません。唯一、少年期の様子を伺い知ることが出来るのが、両親が少年イエスを連れて祭りの慣習に従って都エルサレムに上り、礼拝をささげたときの出来事です。

 

このようにエルサレムで両親と共に礼拝をささげたことを記録することによって、神の子イエスが、ほかのユダヤ人の子どもと同じようにイスラエル民族に義務づけられたことを守ったことを伝えています。

 

祭りが終わって帰る時、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかったのです。親族が集団になって移動したでしょうから、自立しつつあった少年が両親の目から離れていても不思議ではありません。しかし夜になっても親元に戻らないとなれば、心配するのが親心です。それから彼らは親戚の間を探し回ったが見つからなかったので、ついにエルサレムまで戻って三日後に神殿の境内でイエスを見つけたのです。両親は驚き、厳しく叱責しました。すると、イエスは「どうしてわたしを捜したのですか。わたしは自分の父の家にいるのか当たり前だということを知らなかったのですか」という返事でした。少年イエスは父なる神を自分の父と自覚しておられるほどに、成長しておられたのです。

2018年1月7日 日曜礼拝(音声)

2018年1月7日

2017年12月31日 礼拝説教要旨

2017年12月31日

救い主の誕生を喜ぶ

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第2章22節-38節

 

主題聖句:「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」

                 ルカによる福音書  第2章29、30節

 

幼子イエスはお生まれになって40日が経過し、律法の定めに従って両親はその子を主に献げるためにエルサレムに連れてきた時のことです。

 

エルサレムに、シメオンというイスラエルが救われるのを待ち望んでいた年老いた人がいました。主の遣わす救い主と会うまでは決して死なない、とのお告げを受けていました。彼が聖霊に導かれて神殿の境内に入った丁度そのとき、イエスの両親が主にいけにえをささげるために幼子イエスを抱いてそこに来たのでした。

 

シメオンはこの幼子を自分の腕に抱き、神様をたたえました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」 彼はお告げを受けていた通りに、自分の目で主の救いを見たという喜びに溢れました。これで自分は安らかに役目から解放され、去ることが出来ます。

それは、この幼子が、神様がすべての人のために整えられた救いそのもの、とシメオンに分かったからです。そのことを彼は大変感激し喜んでいます。そしてこの救いは、シメオンだけにではなく、神さまの恵みによってすべての人に表されていくのです。イエスによって与えられる主の救いは、み言葉を通して聖霊によって私たちも味わうことが出来るのです。

2017年12月31日 日曜礼拝(音声)

2017年12月31日

2017年12月31日 日曜礼拝(動画)

2017年12月31日

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